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出雲大社 謎

出雲大社御本殿と天井八雲之図の謎

出雲大社御本殿の天井絵八雲之図が昨年公開されたのはご存知でしょうか。

出雲七不思議の最高に位置する「出雲大社御本殿の天井絵八雲之図」と出雲大社の謎についてご紹介したいと思います。

2008年、出雲大社(島根県出雲市)は、国宝の御本殿を約60年ぶり(前回は1949年)の改修に伴い、御神体を昨年4月に仮殿に移し、厚さ約1メートル、檜皮ぶきの大屋根の特別拝観を大社の歴史上初めて実施すると発表しました。2008年4月25日から8月17日までの間に計3回公開されました。

因みに、某電波局が放映した画像は、出雲大社 御本殿 天井 八雲之図 本物にあります。

【 御本殿の謎とは 】

<出雲大社の御神体>
出雲大社御本殿の小内殿奥深くに鎮座される御神体とは何なのか、正式には発表されていません。多くの文献が語るその正体は謎に満ちて推測の域を出ません。
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<「御客座五神」とは>
御神名は、右から天之常立神、宇麻志阿斯訶備比古遅神、神産巣立日神、高御産巣立日神、天之御中主神

<御本殿の詳細と解説>
1、御本殿内部の広さはおよそ六十畳で、一般の参拝者の立ち入りは認められず神職のみが入れる。
2、高さ24メートルの高床式で、切り妻屋根や周囲に縁を巡らせた「大社造」と呼ばれる建築様式で、伊勢神宮の「神明造り」と対比される「日本最古の神社建築様式」とされる。昭和二七年三月二九日に国宝に指定された。

3、御神座が西向きで、社殿の向きと一致していない。又、西向き恐らく出雲大社のみ。(黄泉か常世の国か、中近東、エルサレムを見るというよりも示しているのかも知れない。)
4、大国主命、海、「国譲り」、「稲佐の浜」、御神座の西向き、
5、文献の便宜上、出雲大社を創建したのは、高天原の神々(天照大御神又は高御産巣立日神)の詔によってである。
6、出雲大社は日本三大建築の一つであり、他に東大寺と東宮御所をいう。
7、現在の御本殿は1744(延享元年)年に改築された「大社造」と呼ばれる建築様式のものだが、いつ創建されたのか正式な年代は不明。
8、御本殿の天井には260年前に描かれた八雲之図がる。描いたのは、江戸時代の狩野派の絵師「黒田弥兵衛」と記録にあるが、別説では、竹内随流斉甫記ともある。
9、現在の宮司は、「千家尊祐(せんげたかまさ)宮司」
10、大修理・改築の計画では、総事業費80億円(御屋根の葺き替えのみ)。更に、本殿や八足門(やつあしもん)など計23の建築物の屋根のふき替え、柱の補修などを行う。
11、御遷宮準備室長は、「千家国麿(せんげくにまろ)・禰宜(ねぎ)」

以下、参考サイト
http://www.remus.dti.ne.jp/~n-makoto/izushinto/izuhonden1.html

【 八雲之図の謎と謂れ 】

1、赤、青、黄、紫、黒などの極彩色を使い七つの雲が描かれている。 「八雲」とされながら七つの雲しか描かれていない。
 その理由として、松江市の神魂神社の天井の雲が九つ描かれていることから、「一つの雲が神魂神社へ飛んで行った」との伝説がある。又、未完成という事は、

出雲大社や大国主命の御威光がまだまだ未来へと連綿と続き無限の広がりを持つという意味ともとれる。
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2、又、一つだけ向きが異なる雲と大きさが異なるものがある。
 その理由として、下段中央にある最も大きな雲は「心(しん)の雲」といい、遷宮斎行直前の午の刻(正午)、黒雲の部分に「心」入れという秘儀が行われた。ダルマの目入れのように一番最後に墨を入れ天下泰平など祈るという意味合いがある。

3、出雲の須賀に宮を造られた大国主命の御父神でもある素戔嗚尊(すさのおのみこと)が詠んだ詩にその根拠を持つとも言われている。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻篭みに 八重垣作る 其の八重垣を」

八岐大蛇を退治し、助けた稲田姫をめとり、出雲の地に新居を構えた幸福の時を詠ったものといわれています。

4、素戔嗚尊(すさのおのみこと)を出雲大社境内で奉る「素鵞社」(そがのやしろ)が以外と小さいという疑問がよく取り沙汰される。

神々が集う日本の聖地島根県出雲市の出雲大社(Izumo Oyashiro)、伊勢神宮と共に一生の内に一度は参拝したいところです。さて、拙い文章の記事ですがお役にたちましたでしょうか。最後までお付き合い頂き有難うございました。

そんな皆さんに大国主大神のご利益が怒濤の如く押し寄せますように祈っております。この記事は、出雲大社へ行こうのオリジナルによるものです。それでは次回にの記事までお別れです。御機嫌よう!


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