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出雲大社

出雲大社の雪化粧

出雲大社も現在凄い雪がまっている。

2015年、久し振りの出雲大社の雪化粧が見られる。
雪景色というべきかな。

しかし出雲大社の参道の雪かきは大変だろうな。
車で参拝される方は十分に注意して欲しいものである。

出雲大社

出雲大社 平成の大遷宮

出雲大社は平成25年度(2013)吉日を持って60年に一度の平成の大遷宮を控えています。
実は、伊勢神宮も同じ年に遷宮を行います。

御浄財のお願いの看板です。
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出雲大社の宮司さんは、代々この千家です。
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  朝はとく起きてつとめば天一日の
  豊栄のぼる幸や得てまし
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何と耳が痛い有りがたきお言葉でしょうか。

出雲大社

「一月一日」と千家尊福

「一月一日」という曲をご存知ですか。
意識はしなくても、「一月一日」という曲は必ずどこかで皆さん聞いた事があると想います。

そうよくテレビ番組で毎年大晦日から元旦にかけて、「行く年来る年」 という番組があったのですが、除夜の鐘を聞いて年が明けた時によく歌われるあの曲です。

歌詞がいいですよね。そして心温まるとっても不思議な曲であり、日本人なんだという思い入れがとっても伝わってくる曲ですよね。そして、或る意味内容がダイナミックであり意味深ですよね。私の大好きな曲の一つです。

実は、この曲を作詞したのは、千家尊福(せんげ たかとみ)といい出雲大社宮司でもあった人なんです。出雲大社神楽殿の東側には「一月一日」の歌碑が今でも建っています。詳細は、最下部にあります。

作詞 千家 尊福
作曲 上 真行

【 「一月一日」 】

年の始めの 例(ためし)とて
終りなき世の めでたさを
松竹(まつたけ)たてて 門(かど)ごとに
祝(いお)う今日(きょう)こそ 楽しけれ

初日の光 さし出でて
四方(よも)に輝く 今朝の空
君がみかげに 比(たぐ)えつつ
仰ぎ見るこそ 尊とけれ

【 千家 尊福(せんげ たかとみ) 】

出雲大社宮司である出雲国造家に生まれたが、宮司から離れ「貴族院議員」、「埼玉・静岡県知事」、「東京府知事」、「司法大臣」を歴任した宗教家であり政治家です。男爵の爵位も賜っています。後に「教派神道出雲大社教」を創始します。

出身 島根県
生まれは、弘化2年8月6日(1845年9月7日)
没年 大正7年1月3日(1918年)

【 上 真行(うえ-さねみち) 】

雅楽家上真節(さねたけ)の子であり、明治から昭和時代前期まで活躍し、「小学唱歌集」の編集に心血を注ぎ、「天長節」、「鉄道唱歌」、「一月一日」などの名曲を作曲しました。

出身 京都府
生まれは、1851年、嘉永(かえい)4年7月2日
没年 昭和12年2月28日(1937)

考文献 [編集]
『出雲大社』千家尊統 学生社(1968年)
『千家尊福公』出雲大社教教務本庁(1994年)
『出雲という思想』原武史 講談社(2001年)

さて、拙い文章と記事ですがお役にたちましたでしょうか。最後までお付き合い頂き有難うございました。神々が集う日本の聖地でありパワースポットである島根県出雲市の出雲大社(Izumo Oyashiro)は、伊勢神宮と共に一生の内に一度は参拝したいところです。そして皆さんに大国主大神のご縁とご利益が怒濤の如く押し寄せますように祈っております。この記事の情報提供は、出雲大社へ行こうのオリジナル記事によるものです。それでは次回にの記事までお別れです。御機嫌よう!

出雲大社

日御碕灯台

日御碕灯台にまで足を延ばしてみました。
やはり出雲大社に参拝したのなら日御碕灯台と日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)までは周りたいですね。

この日御碕灯台周辺は綺麗に整備され観光スポットとして有名です。
出雲大社からはバスも出ていますし、車で15分位でしょうか。

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駐車場から、灯台までは若干街中を下ってゆくのですが、途中海産物を販売しているお店がたくさんありますから、お土産には苦労しませんね。

特に、夕暮れの日本海はとても情緒的です。
日本海を行き交う船を眺めているだけでも楽しいですよ。全く飽きませんね。

流れる雲と刻々と変化する海の色は実に不思議で、まさに大自然の営みを肌で感じるような想いです。

さて、拙い文章と記事ですがお役にたちましたでしょうか。最後までお付き合い頂き有難うございました。神々が集う日本の聖地島根県出雲市の出雲大社(Izumo Oyashiro)、伊勢神宮と共に一生の内にせめて一回は参拝したいところです。そんな皆さんに大国主大神のご利益が怒濤の如く押し寄せますように祈っております。この記事の情報提供は、出雲大社へ行こう !のオリジナル記事によるものです。それでは次回にの記事までお別れです。御機嫌よう!

出雲大社

出雲大社の鳥居

出雲大社の鳥居についてご存知でしょうか?
古代からの名称杵築大社(きづきたいしゃ)こと、出雲大社の鳥居についてご紹介したいと思います。

ここで皆さんは全国で出雲大社にしかない珍しい事実に気が付かれると想います。
以外と島根県人や地元周辺の人々も知らないケースがあります。
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データ的には、杵築大社の鳥居は全部で4つ存在します。
神門通りと称される参道の正面から紹介いたしますと以下の様になります。

【 出雲大社の鳥居 】

1、日本一の大鳥居 

宇迦橋の袂(たもと)に建つ最初に見えるのものである。建立は大正時代で、日本初のコンクリート製であり奈良県の大三輪神社も頑張っているが未だに日本一の威風を誇っている。この鳥居の建立の逸話も実に興味深いものですね。

2、木造の二の鳥居 

神門通りを進むと参道よりも少し広くなった勢溜と呼ばれる地に立つのがこの木造のものでありこれも大きい。

3、鉄製鳥居

下り参道を更に進むと祓橋があり、それを渡ったところに建っています。

4、銅製鳥居

時は寛文6年(1666年)、防長両国の藩主でありあの三本の矢の逸話で有名な「毛利元就」の孫の孫「毛利綱広(つなひろ)」が寄進したものだそうです。

お気付きになられましたでしょうか!?
そう四つの鳥居の材質なんですよね。伊勢神宮はとことん木材にこだわりますが、出雲大社では、何と「コンクリート・木材・鉄・銅」というそれぞれの鳥居がそれぞれの材質で建立されている点です。面白いと想いませんか?

また、観光バスや乗用車で参拝に来られた方達はどうしても西側から境内に入られるケースが多いのですが、出来ましたら大鳥居まで下がって参道約700mを味わってみては如何でしょうか?参道は「産道」に通じます。

参道の上下の起伏がなぜあるのか・・・とか推理すると古代ロマンが更に膨れ上がるかも知れませんね。

さて、拙い文章と記事ですがお役にたちましたでしょうか。最後までお付き合い頂き有難うございました。神々が集う日本の聖地島根県出雲市の出雲大社(Izumo Oyashiro)、伊勢神宮と共に一生の内にせめて一回は参拝したいところです。そんな皆さんに大国主大神のご利益が怒濤の如く押し寄せますように祈っております。この記事の情報提供は、出雲大社へ行こう !のオリジナル記事によるものです。それでは次回にの記事までお別れです。御機嫌よう!

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