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出雲大社

「一月一日」と千家尊福

「一月一日」という曲をご存知ですか。
意識はしなくても、「一月一日」という曲は必ずどこかで皆さん聞いた事があると想います。

そうよくテレビ番組で毎年大晦日から元旦にかけて、「行く年来る年」 という番組があったのですが、除夜の鐘を聞いて年が明けた時によく歌われるあの曲です。

歌詞がいいですよね。そして心温まるとっても不思議な曲であり、日本人なんだという思い入れがとっても伝わってくる曲ですよね。そして、或る意味内容がダイナミックであり意味深ですよね。私の大好きな曲の一つです。

実は、この曲を作詞したのは、千家尊福(せんげ たかとみ)といい出雲大社宮司でもあった人なんです。出雲大社神楽殿の東側には「一月一日」の歌碑が今でも建っています。詳細は、最下部にあります。

作詞 千家 尊福
作曲 上 真行

【 「一月一日」 】

年の始めの 例(ためし)とて
終りなき世の めでたさを
松竹(まつたけ)たてて 門(かど)ごとに
祝(いお)う今日(きょう)こそ 楽しけれ

初日の光 さし出でて
四方(よも)に輝く 今朝の空
君がみかげに 比(たぐ)えつつ
仰ぎ見るこそ 尊とけれ

【 千家 尊福(せんげ たかとみ) 】

出雲大社宮司である出雲国造家に生まれたが、宮司から離れ「貴族院議員」、「埼玉・静岡県知事」、「東京府知事」、「司法大臣」を歴任した宗教家であり政治家です。男爵の爵位も賜っています。後に「教派神道出雲大社教」を創始します。

出身 島根県
生まれは、弘化2年8月6日(1845年9月7日)
没年 大正7年1月3日(1918年)

【 上 真行(うえ-さねみち) 】

雅楽家上真節(さねたけ)の子であり、明治から昭和時代前期まで活躍し、「小学唱歌集」の編集に心血を注ぎ、「天長節」、「鉄道唱歌」、「一月一日」などの名曲を作曲しました。

出身 京都府
生まれは、1851年、嘉永(かえい)4年7月2日
没年 昭和12年2月28日(1937)

考文献 [編集]
『出雲大社』千家尊統 学生社(1968年)
『千家尊福公』出雲大社教教務本庁(1994年)
『出雲という思想』原武史 講談社(2001年)

さて、拙い文章と記事ですがお役にたちましたでしょうか。最後までお付き合い頂き有難うございました。神々が集う日本の聖地でありパワースポットである島根県出雲市の出雲大社(Izumo Oyashiro)は、伊勢神宮と共に一生の内に一度は参拝したいところです。そして皆さんに大国主大神のご縁とご利益が怒濤の如く押し寄せますように祈っております。この記事の情報提供は、出雲大社へ行こうのオリジナル記事によるものです。それでは次回にの記事までお別れです。御機嫌よう!

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